第二十一章:偽りを断つ時――美生子十八歳の視点

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***** 「ストッキングとブラジャーはそれぞれ別のネットに入れて洗濯するんだよ」  お母さんは話しながら洗濯籠から「娘」の脱ぎ捨てたストッキングとブラジャーを取ってファスナー付きのネットに入れる。 「後で自分でやるからいいよ」  どのみち明日からは自分でやらなくてはいけないことだし。  小さな丸テーブルの上に食後に淹れた普洱(プーアル)茶のカップを置いて立ち上がる。  ネイビーの長袖シャツに黒のジャージのズボンの自分にクリーム色のスーツを纏ったままのお母さんはまだオレンジ色の口紅の微かに残った唇で苦笑いした。 「せっかくお化粧セットも買ってあげたんだからちょっと試していけば良かったのに」  洗面台の棚に封も開けずに置かれたセットを指し示す。  ゾワッとするのを覚えながら無頓着な風に答えた。 「新入生がガッツリメイクした顔で行ったら却っておかしいよ」  つい数日前までは高校生で口紅など手に取れば怒られる身分だったのに、大学生になった途端、女の子なんだからお化粧くらいしなさいと当たり前のように要請される。  男ならせいぜい体と髪を清潔にして洗濯した服をきちんと着ていれば済むところを女だと無駄とされる部位の体毛を剃り落として顔に色を塗り眉や瞼に線を引く作業までが社会の空気として求められるのだ。  好むと好まざるとに関わらずそういう追加作業をしなければ「女を捨てている」と嗤われる。  男が不潔でだらしない様子でいても「男を捨てている」とは言われないのに、女は姿形を世間で美とする形に合わせる行動そのものが本質のように扱われるのだ。  自分は社会が規定する「女らしさ」を装わないことで「女」という性別そのものを捨てられるのならばむしろ喜んで捨てたいけれど。
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