第二十一章:偽りを断つ時――美生子十八歳の視点

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***** “お祖母ちゃんと話し合って、都内での就職を目指すことにした” “頑張れ”  LINEを送信して“既読”の表示が付くや否や横からひょいと真っ直ぐな黒髪をゆるくハーフアップに結んだ小さな頭が覗き込んだ。 「それ、彼氏?」  ほのかな薔薇の匂いと共に美咲(みさき)は微笑む。  日本人的な漆黒の髪に比して白人的な彫り深い目鼻立ちは真顔だとどこか冷たいが、笑うと猫を思わせる吊り気味の大きな瞳が柔らかに細くなって赤ちゃん猫じみた人懐こさがこぼれる。  昔好きだったターシャさんもそうだったが、「こぼれるような笑顔」とはこういう表情、面差しを言うのだ。  新たに入った英語サークルで一緒になったこの子はお祖父さんがイギリス人のダブルだそうだ(今は『ハーフ』とか『クウォーター』という呼び方は差別用語に当たるらしいので『ダブル』『ミックス』と自分も使っているし、美咲本人の前では極力アイデンティティに関わる言葉自体を使わないことにしている。他人からマイノリティだと言及される時の疎外感を身を以て知っているからだ)。  そのせいか、ターシャさんと面差しもどこか似通っている。  このローズじみた匂いは多分、香水か何かだろうけれど、この子に関しては本当に体から花の香りを放っているように思えた。
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