15人が本棚に入れています
本棚に追加
*****
まるで画材だ。
お母さんが買ってくれた化粧セットの中身を床にひっくり返して頭を抱える。
正式な名前は分からないが、顔の各部位に塗るためのあらゆる色付きの粉を収めたパレットと形の異なる数本の筆。
朱色とピンクと紫のクレヨンじみた三本のルージュだけが辛うじて自分にも使用法が分かる物だ。
化粧とは顔というカンバスに思い思いの色を付けて少しでも美しく見せるための絵を描くことなのだろうか。
社会で大人と見なされた女性にはこんな画材を使いこなす技量が当たり前に要求されるのだろうか。
いや、買ってくれたお母さんだって普段はこんなパレットみたいな物を持って何本も筆を使い分けて化粧している訳じゃないし、俺も出来そうなことからでいいんだ。
そう思いつつ、三色の中から一番抵抗のない朱色のルージュを取って鏡の前に立つ。
パカリと蓋を取ると、仄かに判子の朱肉めいた匂いがした。
確かにこれは判子の朱肉の色だなと苦笑いしつつ中身の先を少し出して、鏡を見ながら下唇をなぞるようにして引いてみる。
すると、鏡の中の顔が下唇だけうっすら朱色の華やぎを点したように見えた。
もう少し塗ってみよう。
上唇をなぞれば、今度は唇全体が朱い色彩でそこだけ別な生き物のように浮き上がって見えた。
不思議に胸がざわめくのを感じる。
自分にはやはり化粧して自分を美しく見せることを好む、女の心が備わっているのだろうか。
髪を解くと、ふわりとシャンプーの匂いがして天然パーマの髪が顔の周りを縁取るようにして垂れた。
自分はそのままでも緩く巻いた風に見える髪質だ。
「女」
呟くと、鏡の中の顔が赤い唇を歪めて笑った。
最初のコメントを投稿しよう!