第二章:七夕の二人――清海《きよみ》の視点

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 しかし、何よりも一番辛かったのは、実家に閉じ籠っていても(隣近所を出歩けば知り合いの誰彼に顔を合わせて近況を話さざるを得なくなるのが嫌だった)、ふとした瞬間にあの晩の記憶がまざまざと蘇ってくることだった。  むろん、世間では男にもっと凄惨な形で襲われて殺される人もいる。  私などは随分運が良い方だろう。  そもそも表面上は無抵抗、同意しての行為であり、相手は仮にも夫なのだから、あの時、警察に訴え出ても、恐らくは「夫婦間の痴話喧嘩」としてあしらわれ、犯罪として立件はされなかっただろう。  それでも、自分の中に生じた闇は晴れない。  むしろ、夫も訴え出られないことを見越して強要してきたのだろうと思うと、振り切ろうとしても余計に屈辱が纏い付いてくる。  夜になり、犯罪などめったに起きない田舎の実家の自室で窓もガラス戸もドアもしっかり施錠してパジャマの上からタオルケットを体に巻き付けるようにして横になっていても、 「目が覚めたら全部身に付けた物を剥ぎ取られていて誰かが自分の上にのしかかっているのではないか」 という不安が消えない。
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