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「あれ?」
不意に後ろで上がった声に振り向く。
こいつはタケシだったかな?
休み前からの変わり映えしない、無難な色柄のシャツに紺地のジーンズを纏った男子学生の姿から当てはまる名前を頭の中で探す。
「ミオコ?」
相手もやっとこちらの名前を思い当たった風に、だが、まだそれが信じられない風に目を丸くする。
「今日はちょっと女の子らしくしてみた」
お前という男のためじゃないけど。
心の中でそう付け加えつつ、来る前にトイレで化粧直しして引き直したルージュの落ち着いてきた唇ではにかんだ風に笑い掛けてみる。
どうせ女装してるんだ。徹底的になりきってやれ。
「そうなんだ」
今まで素っ気なかった相手は頬を緩ませると、しかし、どこか釘を刺す風な口調で付け加えた。
「地元の彼氏もびっくりだな」
そうだ、こいつは俺が今まで格好がもさいだけの普通の女の子でハルが地元の彼氏だと思っているのだ。
――俺の前では無理して女のフリしなくていいんだよ?
幼馴染の涙を浮かべた目と声が蘇って、レースのトップスから抜き出た手首に思い切り握り締められた時の痛みが一瞬通り過ぎた気がした。
ハルが今の自分のこの姿を目にしたら、どう言うだろう。
判子の朱肉じみた匂いのする口紅を引いた唇が笑いの形を作ったまま引きつるのを感じた。
「地元の友達なら、元から私がどんな格好しても女と思ってないから」
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