第二十一章:偽りを断つ時――美生子十八歳の視点

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*****  やっぱり無謀だったか。  すっかり街路樹の緑の深くなった、アスファルトに草いきれじみた匂いの()じる歩道を走りながら自分にだけ聞こえるように舌打ちする。  この曜日は一限に語学のクラスが強制的に組み込まれているものの、後は四限まで空いているため一限の後は神保町の古書街に行った。  そこで昼食を取って古書探しをしてまたキャンパスに戻ったわけだが、上京してまだ二ヶ月に満たない人間には駅の出入り口探しやら構内の移動やら乗り換えやらに手間取って行く前に逆算した時刻から随分遅れてしまった。  走りながら財布や定期、ハンカチ・ティッシュ、生理用品と化粧ポーチの「女の子の基本セット」以外にもデオドラントスプレーや複数のテキストやノートを入れたショルダーバッグが揺れて紐が肩にいたく食い込むのを微妙に後悔する。  リュックサックではレース付きのぴったりしたトップスにチュールスカートの服装に合わない。  そこで、フリマアプリで本来の定価の半値以下になったそれなりのブランドのショルダーバッグの中古品を買った(服はさておき毎日使うバッグは多少値段が高くてもしっかりした物を買う方が結果としてはコストパフォーマンスが良いのだ)。  だが、そもそもショルダーバッグという形態が両腕の自由になるリュックサックと比べると、格段に動きづらくなるのだ。  まして、今のようにショルダーバッグに入り切らない昔の全集物の一冊として出された大きめの古書を抱えていると。  ハンカチやティッシュも男物のハーフパンツを履いている時はポケットに楽々入れられたが、チュールスカートだとそうは行かないのでバッグに入れて持ち歩くしかない。 「女らしい装い」にはとにかくそんな不便が付き纏うのだ。  自分はいつまでこんな装いをするのだろう。  吹き出てくる汗を拭いながら、今の顔は化粧が崩れてさぞ悲惨なことになっているだろうと鏡を確かめられないまま何となく伏し目がちになる。  いや、普通の女の子だってリュックサックにハーフパンツ、ノーメイクの人はいるし、そこに戻っても世間から後ろ指を指される訳ではないのだが。  答えが出ないまま、変わらぬスニーカーの足で教室への階段を駆け上がる。
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