第二十一章:偽りを断つ時――美生子十八歳の視点

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***** 「香港が本土回帰したのは僕が本当に小さな子供の頃だったよ」  五月も半ばを過ぎてすっかり夏仕様の冷房の利いた喫茶店。  コーヒーの甘い香りの漂う中で、温かな抹茶ラテを啜りながら母語でないからこその正確な日本語で話すテディは三十歳。自分のちょうど一回り上だ。 「周りの友達が次々外国に行っちゃったり大人同士が難しい顔して話し合ったりしていたのは覚えている」 「そうですか」  抹茶クリームフラペチーノ上部の真っ白なクリームをスプーンで掬って――「フラペチーノ」と名前は付いているが、自分にとってはストローで飲むドリンクというよりスプーンで掬って食べるかき氷に近いスイーツだ――口に運びながら頷いてはみるが、こちらにとってはそもそも生まれる前の話だ。 “香港は元はイギリスの植民地で一九九七年に中国に本土回帰したが、結果は言論の自由が弾圧されるなど元からの住民には不幸な状況になっているらしい”程度のことしか分からない。  だが、実際に現地から来た相手の言葉を耳にすると、そんな漠然とした認識しか持てない自分がいかにも(おさな)く呑気に思えた。  舌の上にふんわりした牛乳の味が生温かさを持って浮かび上がるように広がるのを感じる。  このクリームはいかにも甘そうに見えてそんな生成(きな)りな無糖の乳の味しかしないのだ。
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