第二十一章:偽りを断つ時――美生子十八歳の視点

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「日本の年取った人たちは皆、中国に戻って香港の良い時代は終わったと言うんだけど、僕が育ったのは本土回帰してからの香港なんだよね」  お決まりのように繰り返し言われて困ったという調子で首を横に振ると、テディの小さな浅黒い面が苦笑いする。  白いシャツを着ているせいか抜き出た首も顔も鮮やかに浅黒いというか、肌全体が濃い蜂蜜を塗ったように見えた。  そういえば高校の頃に好きだった紗奈ちゃんと付き合っていた大河君もこのくらい色黒だったと思い出す。  恐らく彼は生まれつきだろうが、亜熱帯育ちのテディの肌の色も果たして生まれつきなのだろうか。  似通った顔立ちのハルは雪の降る郷里に相応しい蒼白い肌をしている。 「自分の育った所を貶されたら嫌な感じですよね」  安全な日本で生まれ育った自分がこう言うのも相手にはまた別な形で嫌味なのではないか。  そんな懸念を底に抱えつつ言葉を返した。 「日本は平和でいいよ」  テディの顔も声も飽くまで穏やかで、皮肉や当て擦りめいた色など見えない。  そこにホッとすると同時に、結局のところは自分が子供で相手が大人だから安全な振る舞いだけを見せてくれているのではないかとも思う。 「まあ、そこが取り柄ですね」  自分も地方から上京してきてまだ戸惑うことも多いが、街を普通に歩いていて警官に発砲されるとか逮捕拘束されるとかいう不安を覚えたことはない。  ネットに“今のこの国の政府はまるで駄目だ”と書き込んだとしても逮捕投獄はもちろんサイトとして処罰を受けることもないだろう。
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