第二十一章:偽りを断つ時――美生子十八歳の視点

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“しのちゃん可愛いね。大きくなった”  きっとこの子の方では親戚のおばさんのお葬式で一度見掛けたきりのセーラー服の自分のことは覚えてないだろう。  そう思ったところで自分のメッセージの脇に「既読」の表示が付いて新たにハルからのメッセージが来た。 “ミオの話をしたら自分も東京の学校に行きたいって” “お兄ちゃんは京都に行ったしね”  シノちゃんが東京に行きたがっているのは一度会ったきりの俺がこちらに進学したからではなくお前が就職しようとしているからではないのか。  送られてきた写真の「女の子」の見本のような装いで十歳年上の再従兄に凭れ掛かる姿からは思慕めいた空気が感じられた。  自分も今のシノちゃんくらいの頃はターシャさんが好きだったし、あの頃のターシャさんは今の自分たちくらいだ。  と、見詰める液晶画面の上部に新たな黄色い雨傘アイコンの通知が現れた。  テディだ。  トクン、と胸がざわめくのを感じた。それが罪悪感なのか、高揚感なのかはアイコンの黄色の傘を人差し指で叩く自分でも計り兼ねる。  画面がハルとのやり取りからテディとのそれに切り替わる。 “明日は美術館前に現地集合で大丈夫かな?”  自分も何となく気になっていた展覧会のチケットをテディは二枚買って誘ってくれた。 “没問題” 「問題ない」は北京語でも広東語でも漢字にすれば同じ表記だから楽だと思いつつ、傍らの箱から出して蓋の上に置いた新しい靴を見やる。  今日の講義の帰りにぶらついたショッピングモールの靴屋で偶然見つけた、セール品の水色のエナメルのハイヒール。  明日はこれを履いてテディに会いに行こう。  こういう靴を履いて出掛けるのは初めてだが、一応は試着して自分の足幅にもゆとりがあると確かめたし、「ハイヒール」というほど極端に高く先尖ったヒールではないからきっと大丈夫だろう。
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