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「綺麗だ」
まだ梅雨に入る前の白々と煌めく陽射しを浴びた、肌がどこかキャラメルじみた滑らかな薄褐色に見える相手は銀縁眼鏡の奥の目を細める。
青葉じみた匂いが微かに漂ってくるのは、周りの緑からだろうか。それともこの人からだろうか。
「ありがとう」
降ろした長い天然パーマの髪に、やや緑の勝った濃いセルリアンブルーのフリルブラウス、それより淡い色合いのロング丈のチュールのギャザースカート、そして水色のエナメルのハイヒール。
目尻にうっすらピンクのシャドウを入れ、唇にもパールピンクのグロスを塗った(いつもの判子の朱肉じみた色のルージュだと何だかブラウスの色から浮き上がって派手過ぎる感じがしたので色自体は大人しめにしてツヤを出すことにした)。
「フィニの絵を観るから、あんまりみっともない格好は出来ないなって」
「君は最初から可愛いよ」
そうだ、この人はちょっと前の化粧気もなくダボッとしたTシャツにハーフパンツを穿いていた自分を知っている。
そこに今はむしろ安堵を覚えた。
「じゃ、もうチケットは買ってあるからそのまま行こう」
満員電車で立ち続けて駅からここまで歩いてきたハイヒールの爪先は少しきつかったが、ほんの少しだけ目線が高くなって、背も年も上のこの人に僅かに追い付いた感じも嬉しかった。
そう思うということは、やはり自分はこの人を好きなのだろうか。
中途半端に爪先立ちして足の先に靴を押し当てられた感覚を覚えつつ、新しい靴を引き摺らないように足を進める。
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