第二十一章:偽りを断つ時――美生子十八歳の視点

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***** 「綺麗な人だよね」  隣のテディがぽつりと呟いた。  レオノール・フィニ。  イタリア人の母とアルゼンチン人の父の間に生まれ、幼い頃に両親は離婚、少女時代は自分を取り戻そうとする父親の手を逃れるために男装していたという。  展示されている写真は中高年以降で一般的な女性の服を纏った写真だが、吊り気味の黒い瞳にほとんど「一」の字に近いアーチ眉の鮮烈な、画家というよりむしろモデルや俳優にこそ相応しい洗練された風貌だ。  自分も頷いて返す。 「絵に似てる」  これは猫の顔だ。  吊り気味の鋭い目だが、狐というほどに他人を陥れる狡猾さや計算高さの見える表情ではない。  フィニの顔は気紛れさも残忍さも隠さない猫にこそ似ている。  むろん、猫にも「猫かぶり」という人の欺瞞を投影したイメージはあるが、フィニは身を守るために強者である人に擦り寄って甘える猫ではなく野性に戻った猫の顔をしていると思う。  実際、画集で見た作品にはどこかこちらを見据えるような不気味さを秘めた猫が良く出てきた。 「近寄ってきた男を殺しそうだ」  テディは銀縁眼鏡の奥の目を細めてカラカラと笑う。  いや、これはこの著名な画家に対しての評だ。  自分は化粧した今の顔でも素顔でもフィニとは似ても似つかないし。  だが、何故か胸の(うち)に淡い影が差すのを感じた。
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