第二十一章:偽りを断つ時――美生子十八歳の視点

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***** 「これは若い頃みたいだね」  入り口で取った目録を手にしたテディは、しかし、絵と横のタイトルを照合する風に交互に見やる。  そうだ、この人にとって日本語は外国語でその下に記された英語の方が理解が早いのだ。  相手の所作に今更ながら思い当たる。  自分を含めた周りの日本人であろう客の中でただ一人、本来の母語でない言葉に囲まれているのだ。 「初めて観たよ」 「(わたし)も」  自然に“私”という一人称が口から出たことに安堵しつつ絵を眺める。 “サソリの自画像”  これは(さそり)の甲殻を思わせる海老茶色のトップスを着てアッシュブロンドの巻毛を頭頂部で盛り上げつつ短く切り揃えた、美女というより美少年じみた風貌の自画像だ。  口を固く結んで横向き加減にこちらに鋭い眼差しを向ける表情からも敢えて女性らしい柔和さを拒絶するような、反抗期の少年めいた印象を受ける。  片手には灰色の手袋を半ば脱ぎかけた格好で嵌めており、その下からは小さな蠍の尻尾がはみ出している。  この肖像画から蠍のような毒を含むアーティストの自我の強さを読み取ることはむしろ容易だろう。  だが、ところどころ破けたトップスから覗く肘や腕からは傷付きやすさやむしろ本人が蠍に毒されているのではないかと思わせる痛々しさも浮かび上がるのだ。  ふわりと青葉じみたテディの匂いが鼻先を通り過ぎる。  我に帰ってまた爪先立ちめいた水色のヒールの足で追った。
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