第二十一章:偽りを断つ時――美生子十八歳の視点

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***** 「ちっちゃい絵だね」  周りの客にうるさがられないように声を潜めてテディに告げつつ、展示品の中でも一際小さなその絵に見入る。 “守護者スフィンクス”  これは暗雲立ち籠める空の下、上半身はチリチリした長い黒髪に蒼白い肌、ふくよかな乳房を持つ若い女性、下半身は黒っぽく滑っこい毛に覆われた猛獣のスフィンクスが佇む絵だ。  この半人半獣の生き物の背後には昼顔じみた淡いピンク色の大きな布が近くの木の枝に引っ掛かって広がっている。  これはスフィンクスの居場所を示す旗のようでもあり、半身は乳房も露わにした若い女性を背後から護る(とばり)のようでもあり、柔らかに(めく)れ上がった形状からするとシーツのようでもある。  ピンクは恐らく海外でも女性の色という扱いだろうし、この枝に引っ掛かった布も前方に佇む半人半獣の乙女のセクシュアリティを示す背景に思える。  これがもし水色だったら、後ろの暗い空の色と相俟って全体が寒々とした印象になってしまうだろう。  そう思うとピンク色の布がスフィンクスを暖かに守るマントじみて見えてくるのだ。  一方で、スフィンクスのうら若い女性の顔は蒼白でまるで眠っているかのように瞳を閉じている。 「このスフィンクスはエロティックだけど、何だか死にかけているみたいにも見えるね」  テディの眼差しもスフィンクスの豊満な乳房より青褪めた瞳を閉じた顔に注がれているようだった。  その様を目にすると、何故かブラジャーのワイヤーが胸の下に食い込む窮屈な感触が思い出したように蘇る。  服に模様や色が響かないように表面がツルツルしたベージュのブラジャーにしたが、表地の色柄がどうだろうと暑い日にはカップの裏地が汗で蒸れて胸の下にワイヤーが食い込むことに変わりはない。  家に帰ったら汗疹が出来ないようにいち早くブラを外してシャワーを浴びなくてはいけないだろうな。  それとも、今日は家でないところでブラジャーを外すことになるのだろうか。  この人の目の前で。  ゾワッと背筋に震えが走って、それでいて全身に嫌な汗が滲み出るのを感じた。
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