第二章:七夕の二人――清海《きよみ》の視点

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 目が覚めても、感じるのは「夢で良かった」という安堵ではなく、「もうあの晩の前の自分には戻れないのだ」という絶望だ。  同時に自分の心身を弄んだ相手や男性そのものへの憎しみが燃え上がる。 ――まだ若いんだから、またいい人が見つかるよ。  私が離婚届まで送り付けたと知ると、まだ先方が受け入れて離婚成立したとも確認できない内から両親はもう再婚を勧めるような話すらしている。  でも、もうどんな男性からもセックスはおろか指一本触れられたくない。  同じ床に隣り合って眠ると考えただけでも悪寒が走る。  むろん、夫のような男性は特別酷い例で、全ての男性が彼のような下劣な人間ではないかもしれない。  しかし、正論では、生理的なレベルにまで根付いた嫌悪を覆すことは到底出来ないのだ。  そんな風に過ごして七月も終わろうという頃、いつもとは様相の異なる夢を見た。  思い切って家の外に出て歩いてみると、不思議と詮索するような知り合いには出会さず、暑いけれど空は爽やかに晴れ渡っている。  ふと、道端に一本の向日葵の花が咲いているのを見つける。  近付くにつれて、鮮やかな黄金色をした大輪の花はちょうど自分の顔と同じ位置に開いていた。  真っ直ぐに伸びた向日葵の丈夫な茎に腕を回して花の真ん中に口づける。  そうだ、まだやり直せる。希望がある。  そう思ったところで下腹部に違和感を覚えて目を落とすと、大量の白い蛆虫が涌いている。  ああ、やっぱり自分はもう毒されていた。やり直せないのだ。  急速に視野が薄暗くなって崩れ落ちた所で目が覚めた。  まだ完全には明けない夏の朝の薄暗がりの中、半年前まで妊娠していた体には覚えのある下腹部の浮腫むような感覚、次いで、本来なら来ているはずの月経が来ていない事実に思い当たった。
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