第二十一章:偽りを断つ時――美生子十八歳の視点

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「長橋さん?」  相手はどこか信じかねる(てい)で大きな目をいっそうギョロつかせると微かに首を傾げた。  隣のセミロングの少女もこちらの名前を耳にするとやはり驚いた風にこちらも大きな目をいっそう丸くする――と、自分の隣に立つテディの姿を認めると、その目がまるで裏切られたように虚ろになった。 「はい」  極力何でもない風にグロスを塗った唇の両端を強いて上げてごく何でもない風な友好的な表情を作る。  そうだ。確かこの坊ちゃまは慶應(けいおう)の経済に入ったと聞いた。  同じ中学だった宮澤大河(みやざわたいが)は地域トップの男子高である橘高からやはり東京の私大の雄に進んだのだ。  隣にいる従妹(いとこ)果那(かな)ちゃんは小学校は地元だったが、中学からは都内の私立に行ったと風のたよりでは聞いていた。多分、今は中学二、三年だ。  この子については「バレエ教室で年下の子たちの中にいた一人」という印象が強い。  人目を引く手足の長い姿形で踊りもそこそこ巧く、何より家が裕福なので――バレエを習わせる家庭の人間はこうした事情には特に敏感だ――同年配の子に対してはいかにも勝ち気な、はっきり言って威張った風にすら見えるお嬢さんだった。  その一方で、自分とハルがレッスンに連れ立って行き帰りする姿をことさら表情を消した風な固い面持ちで眺めていることもよくあり、四、五歳年下でどうやらハルを好きらしいこの子の中では自分たちの関係が何となく誤解されているようには感じていた。  と、真っ直ぐな太い黒髪を肩までのセミロングに切り揃え、ヒールを履いた自分とほぼ同じ目線にまで丈の伸びた体に若草色のワンピースを纏った相手はどこか皮肉な笑いを浮かべる。
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