第二十一章:偽りを断つ時――美生子十八歳の視点

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「じゃ、どこかの店でお茶にしようか」  青葉の匂いと共に白シャツから抜き出たキャラメル色の腕が伸びてきて自分の手を取った。  え……?  いや、いわゆる指と指を絡める「恋人繋ぎ」ではない。ただ、軽く片手を片手で取られただけだ。  頭の中でそう自分に言い聞かせても、どっと嫌な汗が吹き出て、フリルブラウスの背中とブラジャーの裏地が体にじっとり貼り付き、繋いだ手と手の間がぬめるのを感じた。 「今日は暑いね」  キャラメル色の滑らかに小さな顔が優しく微笑む。  繋いでいない方の手がそっと伸びてこちらの汗ばんだ頬に貼り付いた髪を剥がすと、それを払う格好で顎から(うなじ)にかけてをなぞった。  さりげない所作だが、そこに微かに込められた纏い付く気配に背筋がゾクリとする。  ヒールを履いた自分よりなお頭半分背丈の高い、白いシャツを纏った肩は角張った形に広い、抜き出た頸は太く根を張った相手は不安定な足元から小刻みに震えているこちらを察して引き摺り込むように汗でぬめっている指と指をゆっくり絡ませてきた。 「君の好きな所で休もう」  銀縁眼鏡を掛けた顔は優しく微笑んだまま、しかし、自分の手指より一回りは太く長い指が静かに締め付けてくる。 ――嫌とは言わせない。  そんな無言の圧力が纏い付くように降りてくるのを感じた。  罠に嵌められた。  そんな気がした。  自分はこのまま本物の男であるこの人と恋愛の名目でキスして、女の形をした体を晒して、男の姿をした体と触れ合って、こちらは妊娠するかもしれないという恐怖と共に受け入れるのだろうか。 「疲れたよね?」  囁く声と共にテディの大きな掌が今度ははっきりと確かめる風に頬を撫でる。  もう逃げられない。  死刑宣告じみた確信と同時にゾワッと尻から背筋に電流じみた震えが走って全身の肌が粟立つのを覚えた。
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