第二章:七夕の二人――清海《きよみ》の視点

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“妊娠していました。5週目です。あなたともうやり直すことはないので、お腹の子にはかわいそうですが、”  総合病院の消毒液臭いロビーのソファーで、私はまだ書面上は夫である相手へのメールを打っていた。  誰も見ていないと分かっていても、何となく液晶画面を周りを行き交う人の視野に入れたくなくて縮こまって入力する。  すぐ目の前にある画面なのに、小刻みに震えて見辛い。 ――ガシャン、シャン……。  素人の私には名称の分からない器具類を載せた台車の移動する金属的な音が耳に響いてくる。  思わずビクリとして灰色のワンピースのまだ常とは変わらぬ下腹部を撫でる。  先ほどの内診の痛みが思い出された。妊娠自体は二度目だが、あの内診台に載って開いた局部に短時間にせよ器具を捩じ込まれる屈辱と苦痛は未だに慣れない。  中絶手術となったら、その比ではないだろう。 ――ガシャン、シャン……。カラカラカラ……。  金属のぶつかる音が台車のタイヤの転がる音と共に遠ざかっていく。  操作が途切れたまま一定の時間の経過した液晶画面がパッと暗くなる。  ワンピースの上の掌をグッと握り締めた。  一方的に求めて、身勝手な快楽を自分だけ得たのは相手。  それでも、その結果を押し付けられて苦しい思いをするのは私。 ――ピンポーン。ガーッ……。  少し離れたエレベーターのベルと重い扉の開く音に我に帰る。  診察も終わって会計も済んだのだからもうここにいる必要は無いのだと思い当たってソファーを立つ。  消毒液臭いロビーを歩くと、様々な人たちと次々すれ違う。  点滴のチューブを着けた入院服のお爺さん、父親に付き添われて松葉杖を着いた高校生くらいの女の子、五歳くらいの不安げな男の子の手を引いた母親。 「検査が終わったらまたチョコパフェ食べに行こうね」  すれ違い様にお母さんの宥める声が耳に入る。  皆、怪我や病気を治そうとして訪れる全うな人たちなのだ。  足を早めて自動ドアに向かう。
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