第二十二章:心は変えられない――陽希十八歳の視点

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「ミチル君ってピアノ上手(うま)い子じゃなかったっけ?」  雅希君はさりげない調子で幼い妹に確かめる。 「うん」  詩乃ちゃんは“男の子なのに変”と発言した時と同じように面白そうに笑った声で続ける。 「二年生までは私がクラスで一番ピアノ上手かったんだけど、三年でミチル君と同じクラスになったら向こうの方がずっと凄くて二番になっちゃった」  額面に反して、まるで一番になったのが我がことのようにはしゃいだ声だ。 「モーツァルトやショパンも弾けるんだよ!」 「凄い子だねえ」  この子は他人の美点を僻まずに認められるのだ。  むしろその真っ直ぐさを褒めたい気持ちで相槌を打つ。 「小学三、四年生でショパン弾ける子なんて滅多にいないよ」  ミオもまるで見えないピアノでも弾くように右手の指をひらひら折り曲げながら応えた。  本当に小さな、丸っこい桜色の爪も含めて子供みたいな手だ。  握り締めたくなる衝動をぐっと堪えたところで前の座席から一つ上の、自分のそれと良く似た再従兄の苦笑い混じりの声がした。 「俺も小四まで天狗だったけど、転校してきた女の子からサッカーでボロ負けした」  いつか見せてもらった写真の、ガッツリ切り揃えたショートカットで色の黒い、男の子じみた少女の顔が浮かんだ。 「カヨちゃんでしょ」  詩乃ちゃんが代わりのように名前を挙げる。 「マサくんのカノジョ」  ウフフ、と笑う声に車内の皆が何となくつられて顔を綻ばせる空気になる。  しかし、次の瞬間、大学生の再従兄は穏やかだが決然とした声で応えた。 「今はカノジョじゃなくて友達に戻ったよ」  一つ上の雅希君は耳にしたこちらが驚くほどカラリとした声で続ける。 「医者になったら診てもらおうかな」  雅希君、カヨちゃんと別れたのか。  一度も会ったこともなく、正直「カヨちゃん」と親しげに呼んでいいのかも分からない相手だが、それでも、再従兄が初めて付き合った恋人と別れた、自分の身近で起きていた一つの恋愛が終わったと思うと寂しかった。  同時に、一つ違いで自分と顔かたちも似通った雅希が最初の恋愛を穏便に卒業して恐らくは次の恋愛にも難なく進んでいく近い未来を想像して置き去りにされたような感じに襲われる。  俺らの何がそんなに違うのだろうか。
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