第二十四章:二人のメモリー――陽希十九歳の視点

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「ミオコ」  不意に雑踏の中から浮かび上がるようにして声が飛んでくる。  自分の名ではないのに反射的に振り向いた。 「ミオコだよね?」  人の波の中から、真っ直ぐな黒い短髪に銀縁眼鏡を掛けたキャラメル色の小さな顔をした、クリーム色のハイネックセーターにチャコールグレーのテーラードジャケットを羽織った男が近付いてくる。  誰だ、こいつ?  パッと見た感じ三十前後だから大学の同期とかサークルの仲間などではなさそうだ。  “講師”、“研究員”という言葉が浮かんだところで近付いてきた男は自分を擦り抜けて隣で固まっている幼馴染に向けた眼鏡の奥の目を細める。  そんな風に表情に色が付くと、ひどく人懐こい印象になった。 「ちょと、見掛けたから」  こいつ、日本人じゃねえ。  イントネーションとどこか上擦った声から察する。  ミオには東京に自分の知らない友人知人がいて、どこかで彼らと出会す可能性はある。  これは上京する前から想定していたことだが、こんなにも早く、しかも外国人の知人が声をかけてくるとは思わなかった。  何よりも、この男は顔も体格も一見して俺に良く似ているのだ。  むろん、異邦人で年も十歳くらい上、身形(みなり)からしてもずっと裕福で洗練されているという違いはあるけれど。  そこまで見て取ると、東京の春はもう随分暖かいからとうっすら毛玉の付いたオリーブ色のフード付きパーカーを着てきた自分がいかにも貧乏臭くかつ野暮ったく思えた。  ミオだって男装なりにお洒落な格好をしているのに。  そう思いつつ隣の幼馴染に目をやると、円な瞳は固まったように見開かれ、顔の薄桃色は血の気が引いて褪せたように白くなっていた。
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