第二十五章:心に合わない器《からだ》、器に沿わない心――美生子十九歳の視点

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 あれ……?  目を凝らすと、ガラスを隔てた塾の教室のホワイトボードの傍に色とりどりの短冊を吊るした笹が飾られていた。  そういえば今日は七夕だっけ。特に休みになる日でもないので忘れていた。  多分、塾の笹飾りだから「志望校に合格できますように」とか「成績が上がりますように」とかそんな願い事を子供たちが短冊に書いて吊るしてあるんだろうな。  俺もそんな風にした記憶があるし。 “本物の男になれますように”  物心付いた時からの願い事は一度も短冊に書き表して他人の目に触れる場所に吊るしたことはない。  年に一度、今夜しか会えない天上の夫婦だってそんな依頼は手に負いかねるだろう。  ポツリ。  不意に目の下に冷たい滴が点るのを感じた。  フワアッと湿ったアスファルトの匂いを孕んだ熱い風が通り過ぎるや否や、まだ明るさを多分に残した夕方の空から雨が降ってきた。  急いで近くのビルの軒下に入ってポケットからスマートフォンを取り出し、LINEのトーク欄を開く。 “雨が降ってきた。先に予約した店の近くに行ってるからゆっくり来て大丈夫だよ”
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