第二章:七夕の二人――清海《きよみ》の視点

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***** 「……それでね、この春、実家近くに家を建てて引っ越したの」 「そうなんだ」  冷房の利いた金臭(かなくさ)いバスの座席で二人並んで腰掛けて揺られていると、高校時代を思い出す。  窓ガラス越しに広がる夏の空はあの頃と同じ鮮やかな水色で、真っ白な入道雲にはコバルトブルーの影が刻まれている。 「今日、病院に行ったのはね、とうとうオメデタになったみたいだからなんだ」  オメデタ?  一瞬、間を置いて妊娠のことだと頭の中で変換される。  そうだ、普通の既婚女性にとっての妊娠はおめでたい、喜ぶべきことだ。  目の前の小麦色の笑顔は続けた。 「五週目だった。出産予定日は四月三日だって」 「そうなんだ」  空っぽの頭の中に、エコー写真に刻まれた日付けだけがくっきりと浮かんだ。 「うちは四月二日」  妊娠を継続すれば、このお腹にいる命が外に出てくるはずの日。 「キヨもなの?」  こちらを見詰める円らな瞳がパッと輝いた。  温かに柔らかな手が私の手を握る。 「これから役所に行くから、一緒に母子手帳取ろうか?」  バスが角を曲がって、サーッと眩しい陽射しが私たちを包んだ。  ***** “妊娠していました。5週目です。あなたともうやり直すことはないので、お腹の子にはかわいそうですが、私一人で産んで育てることにします。”
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