第二十五章:心に合わない器《からだ》、器に沿わない心――美生子十九歳の視点

15/34
前へ
/319ページ
次へ
「ま、俺なんてまだ随分恵まれてる方だよね」  何故こちらに念を押すような言い方なのか。 「世の中には母子家庭でそれこそもっと貧乏で放置餓死させられたとか母親が新しく作った男に虐待されたなんて人もいる訳だし。お母さんはさすがにそういう方向に酷くはなかったから」  ハルは今度は実際的な、他人についての書類でも読み上げる風な調子だったが、“そういう方向”と語るところで声が妙に上擦って響いた。  やっぱり、清海おばさんはハルにとって温かく思い出せる母親ではないのだ。前々から知っていたことではあるが、やはり寒々しさを覚えた。 「バレエみたいなハイソな習い事も一応はやらせてくれたしね。お祖母ちゃんや陽子おばさんが続けられるように言ってくれてたのもあるけど」 「そうなんだ」  うちのお母さんも清海おばさんにハルが習い事を続けられるように何くれと働きかけていたのだろうか。  確かにそうしていても不思議はないけど。  自分も一緒に習っていたのに今はすっかり髪を短く切り揃えてバレリーナとは程遠い風情でいるのがいかにも呑気でいい気に過ごしている表れに思えて少し後ろめたくなる。
/319ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加