第二十五章:心に合わない器《からだ》、器に沿わない心――美生子十九歳の視点

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「ハル」  叫び出したくなるのをグッと堪えて常より低い声でゆっくり言葉を紡ぐ。 「俺は女でいるより男でいる方が得とか楽とか思って手術するわけじゃないんだ」  否定も肯定もなく表情の消えた相手に向かって後は心の穴にずっと溜まっていた言葉が自然に流れ出した。 「物心ついてからずっとこの体が本当の自分と思えなかった」 「胸も尻も大きくなって、初潮が来た時も絶望しかなかった」 「毎月、股から血が出てくる度に何で自分はこうなんだって頭を抱えるんだよ」 「俺はもう今の女の体のまま自分も他人も偽って暮らすのは耐えられない」 「手術して、あちこち体に支障が出ても自分の責任として引き受けるよ」 「痛い目を見ても、それは俺だけの話だから」  レモンとライムの匂いが微かに通り過ぎる中、こちらを見詰める幼馴染の瞳に虚ろなまま潤んだ光が宿った。 「そうか」  今度は噛み締めるようにゆっくり首を縦に振る。 「いつかはそう言うだろうと思ってた」  どこか乾いた声で語ると、太い頸に広い肩の幼馴染は彼より一回りは小さくしたように薄く貧弱なこちらの肩の辺りを見据える。
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