第二十五章:心に合わない器《からだ》、器に沿わない心――美生子十九歳の視点

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「うちの親にも診断書が二通手元に揃ってから話そうと思うんだ」  前々から心に決めていたことなのに改めて口にすると、胸がキューッと塞がって早打つのを感じた。  「性同一性障害」と言おうが“GID”と横文字にしようが、田舎に暮らす父母にとっては我が子が世間的に見て異常、異端だという診断に他ならないのだ。 ――あれ、実際もホモだったんだよね。  子供の頃に「覇王別姫」のレスリーを観て語った父親の声が蘇る。  両親にとってセクマイやLGBTとはテレビに出て来る芸能人、とりわけ海外スターのようなそもそもが特殊な世界の人たちであって、赤子の頃から一つ屋根の下で暮らしてきた我が子のことでは有り得ない。  まして、バレエを習って女子校に通った「娘」が、だ。 「おばさん、まだ知らないの?」  ハルは眉間に微かに皺を刻んだ、むしろ肉体的な痛みを覚えているのに相応しい面持ちで尋ねた。 「うん」  急速に罪悪感に落ち込んでいくのを覚えながら自分の手にまた目を落とす。 「髪を切って男みたいな恰好しているだけで普通に男が好きな娘だと思ってると思う」  どう見直したって、やっぱり全体に小さくて爪の丸っこい、いかにも子供っぽい女の手だ。  不器用で力もないからまともに釘も打てないし、男としては随分ものの役に立たない部類だろう。
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