第二十五章:心に合わない器《からだ》、器に沿わない心――美生子十九歳の視点

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「大丈夫」  ミントグリーンの傘の下でいっそう顔の蒼白く浮かび上がって見える相手は憐れむ風に笑ってこちらを見下ろしている。 「でも、明日ちゃんと起きられるかな」  仕事帰りの黒の立襟ポロシャツを纏った幼馴染は自らの赤茶色の革靴の足に目を落とした。  これは通勤用に買った、恐らく安くはない物だろう。  こちらの気楽なゴムサンダルが後ろめたくなった。  と、濡れて貼り付いたターコイズブルーのTシャツの上から二の腕を掴まれた。 「ミオが起こしてくれよ」  冗談めいた調子だが、二の腕を掴む手は食い込むように強い。  “溺れる者は藁をもつかむ”  そんな言葉がふと頭を(よぎ)った。  こいつにとって会社に遅刻するのは俺が大学やバイトに遅刻する比ではない死活問題なのだろう。 「明日、俺が七時くらいに電話……」  言い掛けた所で相手は制するようにきっぱりと告げた。 「俺んちの方が近いから今日は泊まってけ」
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