第二十五章:心に合わない器《からだ》、器に沿わない心――美生子十九歳の視点

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――シャーッ、バシャバシャ……。  紙を切り裂くのに似た音を立てながら卵色のヘッドライトを点けた自動車がすぐ脇の車道を通り過ぎていく。 「もう遅いし、雨も凄いから」  ハルの顔は影になっていたが、濡れた服の上からこちらの二の腕を掴んだ手は微かに爪を立てながら熱を帯び始めていた。 「いや、だって着替えとかないだろ」  傘をはみ出た背中はTシャツの下のブラトップまですっかり濡れて肌に貼り付いている。  今すぐ脱いで体を湯で流したい。 「俺の貸すよ」  顔を影にしたままの相手はカラカラと笑った。 「大は小を兼ねるから大丈夫」  返事を待たずにこちらの肩を引き寄せて車道に向かって手を上げる。 「タクシーで帰ろう」  こちらが返事をする前に申し合わせたように走ってきたタクシーが速度を落として近付いてきた。  やっぱりこいつは具合が悪いのだ。駅まで歩いて電車を乗り継ぐのもきついんだろうな。  青ざめて幽かに目の下に隈の浮き出た横顔から察しつつ答える。 「料金は俺が出すよ」  相手はこちらの背中を押しながら押し殺した声で返した。 「大丈夫だ」 
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