第二十五章:心に合わない器《からだ》、器に沿わない心――美生子十九歳の視点

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***** 「じゃ、お邪魔します」  鍵を開けてドアを開いた相手に無言で促されるようにして入る。  きっと今昇ってきた階段よりも蒸し暑いだろうという予測に反してひやりとした空気が脛の辺りを通り過ぎた。 ――パツリ。  後ろで埋込スイッチを入れる音がして視野が明るくなると、三ヶ月前の引っ越しで手伝った時と比べていっそう片付いたというよりむしろ黄緑色の枕とシーツを施されたベッドと必要最低限の物しか置いていないような、妙にガランとした室内の風景が広がっている。  同時にこの部屋というかこのアパート特有の漆喰の匂いを含んだ冷気がより強まるようにしてさっと押し寄せた。  濡れたTシャツの半袖から抜き出た腕が粟立つ。 「ハル、冷房つけっぱ……」  言い掛けたところで背後から岩でも落ちてきてぶつかったような衝撃が走る。
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