第二十六章:置き去りの夏――陽希十九歳の視点

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 ミオが男だというのは本人だけの思い込みだ。  子供の頃から苦しんでいるのは確かに本人にも周囲――というより俺だ――にも不幸なことではあるが、客観的には錯覚でしかない。  自分が夕べこの目で見て手で触れて確かめた体は紛れもなく女のそれだ。男の自分の体よりずっと柔らかで豊かな。  あの美しい体のどこにメスを入れたりホルモンだの訳の分からない薬を加えて自分のような男に似せた形に変える必要があるのだろう。  それのどこが一体、自然なのだろうか。  生まれつきの顔が気に入らないから整形するとかいうのと何が違うのか。  答えの代わりに、固く目を閉じた美生子の顔と目尻からこめかみに引かれた涙の跡、そして濡れて絡み合った長い睫毛が蘇った。  思考が再び沼に落ち込む前に取り敢えず家を出る前の数分だけでもスマホを充電しようとベッドのヘッドボードのコンセントに挿したまま垂れているコードに手を伸ばす。  ズキリと頭に痛みが走った。  とにかく仕事に行かなければならない。  今日は恐らく仕事にならないと今から察しはつくが、兎にも角にもこの部屋を出てオフィスに向かわなくてはならない。  今の自分にとって確かなことはそれだけだ。
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