第二十六章:置き去りの夏――陽希十九歳の視点

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*****  外に出ると、纏い付くような湿り気を孕んだ熱気と焼け付く陽射しとアスファルトと排ガスの混ざった臭気が一度に押し寄せた。  散々雨が降った七夕の翌日は嘘のように雲一つない。織姫と彦星が年一度に会う夕べこそ晴れていれば良いのに皮肉なものだ。  だが、昨日が平穏な星空ならば自分たちはこうなれただろうか。  というより、ああした形でも美生子に触れられただろうか。  そんなことを思いつつ電源を切っていたスマートフォンを起動させた。  家を出る前に幾分充電はしたものの、表示されたバッテリーは残量が三割しかない。  どうやら何の通知も来ていないようだ。  LINEのアイコンをタップして「長橋美生子」とのトーク欄を開く。 “雨が降ってきた。先に予約した店の近くに行ってるからゆっくり来て大丈夫だよ”  京劇の女形の装いをした、そもそも白塗りに目の周りを紅く隈取った化粧が異様で一般的な男にも女にも見えない俳優の顔をしたアイコンが語り、 “今、駅を出て向かってる” と自分の顔写真のアイコンが答えて「既読」の表示が着いた所で終わっていた。  トーク欄での自分たちはまだ夕べの飲み会を始める前だ。  ここに今からどんな言葉を新たに出すべきなのだろう。
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