第二十六章:置き去りの夏――陽希十九歳の視点

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――朝起こせと言ったのに何故帰った?  そんな直球の詰問は今の自分には出来ない。  入力欄に恐る恐る文字を打ち込む。 “何とか会社に間に合った。そっちは学校大丈夫だった?”  これなら相手も答えやすいはずだ。  大学の三限は確か昼過ぎに始まるはずだけど、もしかしたら、ミオは昨日のことがあまりにもショックで家で寝ているかもしれない。  向こうとしても全く初めてで、しかも繰り返し行為を求められたのだから、単純に疲れ切っていてもおかしくないのだ。  採点のバイトで徹夜したとかいうことで目の下にうっすら隈があったし。 ――今日は起きられなくて寝てる。  もし、そんな返事が来たら、今日は二人分の夕飯を買ってミオのアパートに行こう。  具合が良くなるまで向こうが欲しいという物を揃えて見守ろう。  昨夜の美生子の潤んだ瞳と白桃じみた柔らかな乳房が胸の中で熱く蘇る一方で、子供のように安らかに眠っている美生子にそっと添い寝する自分の姿が浮かんだ。  今日、彼女が疲れて横になっていたら、きっとそうする。  自分は決してミオを叩いたり怖がらせて泣かせたかったりしたのではない。  普通に恋人として付き合いたかっただけだ。  そんな思いを込めてトーク欄に新たに送り出した言葉をじっと見つめる。  「既読」はまだ付かない。
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