第二十六章:置き去りの夏――陽希十九歳の視点

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――ジージージージー……。  耳の中で蝉の鳴き声のボリュームが急激に上がると同時に視野全体が歪んで揺れる感じに襲われて、カバンから飲みかけのスポーツドリンクのペットボトルを取り出して蓋を開ける。  軽く口に含むつもりが、一気にボトルの残りは九割から四半分以下にまで減った。  家の冷蔵庫に置いていた時の冷たさをまだ残した飲料が痛む胸の辺りをサッと鎮火するように通り過ぎる。  それとも、もうミオは自分から逃れるべく地元の家に戻ったのだろうか。  俺から襲われたとおばさんにも話すのだろうか。  もう打ち明けてしまっただろうか。  だとしたら、もう実家(うち)に帰ってもミオにもおばさんにも顔を合わせられないな。  そう思い至ると、故郷の半分以上が失われて、七十過ぎた祖母の一人待つ家だけが残された孤島のように思われた。 ――ジージージー……ガタン、ガタン……。  蝉の必死に鳴く声を断ち切るように電車の走り去る音が遠く響いてきた。
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