第二十七章:共生――美生子十九歳の視点

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*****  改札が見えてきた。  その向こうに真っ白なタンクトップを着た長身の人影が人の群れから浮かび上がるようにして目に飛び込んでくる。  服の白と競うように赤みのない白い肌、太く長い頸、細いが筋肉質な腕、針金じみた真っ直ぐな黒髪。  背の高さに比して小さな顔は日陰の雪じみて蒼白く、切れ長な目と眉だけが際立って黒く見える。  と、こちらと眼差しを合わせたその切れ長い双眸にパッと潤んだ光が点った。  サーッと背筋に冷たいものが通り過ぎる。  その一方で、胸に全身の血がワーッと凝縮して集まる感じがして鼓動が早打った。  離れている間、俺はこいつを憎んでいたはずだった。  電車に乗っている間も顔を合わせれば罵詈雑言が止まらなくなるのではないかと自分を危ぶんだ。  だが、今、直に姿を目にするとひたすら怖いのだ。  あの晩の自分の体を押さえ付け、両の頬を打ち、揉みくちゃにしてきた恐ろしい腕の強さと大きな手、岩のように重く堅い体の感触がまた蘇ってきて、これまでも幾度となく思い出したくなくても強制的に浮かんできた記憶であるにも関わらず胃の中の物――といっても、ここ数日は食欲もなく昨夜から殆ど食べてもいないが――が逆流する感じを覚えた。  ハルは怒り狂えばこの瞬間でも素手で俺を絞め殺すことも出来る。  駅を行き交う人とセメントの匂いは平穏な日常そのものなのに、それすら嵐の前の静けさというかこれから起きる厄災の前触れに思われた。  歩いていく視野の中で相手の姿がどんどん大きくなる。  こちらを見詰める幼馴染の顔には目には潤んだ光を宿したまま、寂寥の気配が漂っていた。  どうやらハルも俺の固い表情を読み取ってやり切れない思いに陥ったようだ。  だが、こちらが心で受け入れられないことが正に相手には起爆剤になりかねない。  怯える自分がいかにも意気地なく感じたが、それで恐怖は消えなかった。  こちらの思いをよそにPASMOをセンサーに当てれば改札のドアは滞りなく開く。 「来てくれてありがとう」  本当は自分がこいつに礼を言うのはおかしいのだ。  どこか冷静な頭の片隅で呟く。 「俺は逃げも隠れもしないよ」  頭一つ分大きな相手は面持ちを固くすると重い声で答えた。
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