第二十七章:共生――美生子十九歳の視点

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 やっぱりこいつには何も知らせず七月末で大学の学期が終わり次第、実家に帰って地元のどこかで堕ろすべきだったか。  妊娠が判ってから繰り返し思案した別の選択を思い起こしてまた後悔を覚える。  だが、自分は両親には知らせたくなくて、飽くまで自分と幼馴染の間の秘密としてこの件を終わらせたくて今日ここまで来たのだった。 「ハルは手術のためにサインしてくれただけ、本当は夜道で誰だか知らない男に襲われて妊娠したと話すから大丈夫だよ」  これも他人に手術を知られた場合を想定して予め用意した言葉だ。 「俺もそう思って生きていくよ」  精一杯、笑顔で告げたつもりで、自分で聞いてすらゾッとするような陰鬱な声が耳の中に刺さる。  これじゃ、どこも“生きる”という言葉に相応しくないな。  どこか冷静な頭で思いつつ、強がって笑顔を作った自分が厭わしくなる。  今の自分はさぞかし卑屈な顔つきをしているに違いない。  だが、こいつの目にもはや高潔に見せる必要があるだろうか。  握り締めたバッグの紐の織り目が手の中に食い込むのを感じた。
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