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「今の会社は育休も取れるようなんで」
どこか諦めたような、しかし、どうにも沈鬱な気配で細い目を伏せたおじさんに対して美生子に良く似た円な瞳で真っ直ぐこちらを見詰めているおばさんに向かって極力落ち着いた声で語る。
「軽率なことをしたのは判っています」
“せっかく東京の大学に入れた自慢の娘を孕ませたろくでもない男”
おじさんはもちろんおばさんの目に映る今の自分も本当のところはそんなものだろう。
「ミオだってまだ大学の途中だし」
高校と違って妊娠しても処罰的な退学にはならないが、それでも在学中に妊娠出産すれば就活など進路に大きく支障が出るだろう。
「でも、僕には大切な我が子です」
子は鎹になどならない。俺の両親が正にそうだった。
だが、今、ミオの中に宿った命を葬り去る選択だけはどうしても取れないのだ。
真っ白なお包みの中で円な瞳を開いた赤ん坊を抱く自分の姿が浮かんだ。
むろん、生まれてくる子がそんな都合良く美生子に似ているとは限らない。
むしろ、自分そっくりのいじけた息子が生まれてくるのかもしれない。
あるいは生まれつき重い病気や障害を抱えていたり。
しかし、どれほど最悪な事態を想定してもその子が自分にとっての命綱であり、自分も生きている限りはその子にとっての命綱であろうという気持ちは揺るがないのだ。
おじさんおばさんだって俺のことは憎くても娘が産んだ自分たちの孫である子を邪険にする人たちではないだろう。
少なくとも、陽子おばさんだけは。
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