第二十九章:母体――美生子十九歳の視点

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 俺だって他人の話として聞けば、産んだらすぐに離婚して自分だけ一人の暮らしに戻るなんて何て身勝手な母親だ、捨てるなら最初から産むなとしか思わない。  だが、元から俺は腹の中にいるこの子を妊娠したいとも産みたいとも思っていなかった。  ハルが自分の外堀を埋めてこの子を産まざるを得なくしたのだという怒り。  生まれてくる子にとって愛なく薄情な親は自分の方なのだという絶望。  この二つがまた綯い交ぜになって息苦しくなる。  いっそ、昔よくあった話に出てくる女性のように、このお腹にいる命を産み落としたら息絶えたい。 ――お母さんは自分を産むと同時に息を引き取った。  それが生き続けて生みの親としての自分を見せるより生まれてきた子にとっては幸福な結末であるように思う。 ――お母さんは実は心は男性のセクマイでお父さんのことは全く愛しておらず、望まない妊娠と出産だった。  誰がそんな出生を望むだろうか。  お腹にいるこの命の出産予定日は来年の四月二日。この通りに生まれれば父子で同じ誕生日になる。この子はまさしくハルの子だ。  産み落としたら俺は存在ごとこの世から消えれば良い。  そう思うと、どこかウキウキした顔つきが大半の学生たちが行き交うクリスマス近いキャンパスの廊下で自分の立っている所だけ地面が割れて底知れぬ穴に落ちていく場面が頭を過った。
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