第二十九章:母体――美生子十九歳の視点

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 本当はハルは今日も帰りは遅いのだ。  だが、今は妊娠した姿を極力人目に晒したくない。  マタニティマークはもらったきりバッグに付けずにいるが、まだ十九歳で年より幼くすら見える自分が七か月にもなる大きなお腹をして歩いていればそれだけで見知らぬ人の目線――好奇、憐憫、そして非難を込めた――が刺してくる。  それよりはまだ新しく越したばかりの賃貸アパートの部屋で一人家事をして勉強していた方が気が楽なのだ。  ハルは平日は大抵遅くに帰ってくるのでテーブルにラップを掛けた夕食を一人分置いて自分は先に入浴を済ませて床に就くのが最近のルーティンになっているし、今のところ、相手がそれに不満を述べたことはない。  互いに暮らす上でやるべきことをして、喧嘩もせず、暴力を振るわれているわけでもないのだから、他人の目にはきっと幸福な新婚カップルだろう。  今日はもう疲れたから、アパート近くのお弁当屋さんで割引のお惣菜を多めに買って帰ろう。  学校に出てくる前に雑穀米のご飯はセットしてきたし、自分はそれだけ食べたらシャワーを浴びて寝てよう。  そんな程度の家事でもハルは決して文句を言わないどころか、 ――ミオはちゃんと食べられてる? ――疲れたら寝てていいよ。 とこちらを気遣うのだ。  土日には炊事洗濯、後片付けまで全てしてくれる。  自分が「子供を産む妻」としてある限りは向こうも偽りなく優しい夫であろうとするのだ。
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