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「五歳でまたこれ着るのー?」
美生子は朱色に塗った唇をへの字にして、真っ赤な被布の胸を反らした。
「ミオちゃんは女の子だから今度は七歳でやるんだよ」
すぐ隣で抑えた声を放った自分の母親の顔を確かめる前に、目の前に立つ美生子の凍った眼差しが胸を刺した。
「写真、頼んできたよ」
唐突に声が飛んできた。
振り向くと、スーツ姿のおじさんが笑って近付いてくる所だった。
目鼻立ちは似ていないが、うっすらピンク色の肌が美生子に似ているといつも思う。
「ありがとう」
おばさんは笑顔で頷いた。
ミオちゃんちのおじさんおばさんを見ると、仲の良いパパとママという感じで羨ましくなると同時に、自分のパパはいないという現実が改めて浮かび上がってきてまた寂しくなる。
「どうも、こんにちは」
おじさんはごく優しげな人なのに、ママはどうしておばさんやミオちゃんしかいない時より嬉しくなさそうなんだろう。
「お久しぶりです」
おじさんも何だか気まずそうだ。
「着物きついし、足寒いからもう帰りたい」
真っ白な顔の美生子がぽつりと呟いた。
と、黒目の勝った円な瞳にみるみる内に涙が溢れた。
「これ、痛いし、もうやだ!」
小さな手が髪に挿した緋色の花簪をぐしゃりと掴む。
「おうちに帰るまで待ちなさい」
「すぐ取ってあげるから」
おじさんおばさんは幼い娘を制すると、苦笑いして頭を下げた。
「じゃ、また」
「失礼します」
愛娘を真ん中にして夫妻が歩き出すのをしおに母親から無言でグイと手を引かれて帰途に就く。
見上げたママの顔は表情を消した風で決してこちらに眼差しを返してくれない。
代わりに母親がもう片方の手に持った特売品の惣菜の油臭い匂いが流れてくる。
「おれ、七五三なんかもうやだ!」
黄色い銀杏が音もなく舞い落ちる中、遠くから響いてきた悲鳴じみた泣き声を聞きながら、自分の五歳の七五三も急速に忌むべき、憂鬱な行事に感じられ始めた。
「着物もドレスもやだ!」
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