第五章:バレリーナ、バレリーノ。――美生子五歳の視点

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「かっこいいな」  思わず感嘆の声が漏れた。 「王子様みたいだ」  自分もこうなりたいと思う姿をしている。  隣の相手は切れ長い瞳をパッと輝かせた。 「今、バレエやってるけど、男の子は王子様なんだよ」  小鉢にはまだ桃が残っていたが、じっと座っているのにはもう飽いて立ち上がる。 「お姫様を抱いて踊るんだ」  前にテレビで見た王子様役の動きを真似してみるが、初心者の足は自分の体を支えるのにもフラフラとよろけてしまう。 「もっと巧くなって王子様をやりたいな」  幼稚園で同じ組のリカちゃんがバレエをやっていると聞いて自分も少しでも一緒にいたくてママにせがんで同じ教室で習い始めた。  ハルくんも同じ男の子で仲の良い好きなお友達だが、女の子のリカちゃんは眺めていてドキドキするという意味で好きだ。  こちらの思いをよそにハルくんも立ち上がってすぐ向かい側で片脚だけで立つ真似をする。  そうすると、動きはまだまだだが、自分より既に頭半分は背の高いすらりとした体つきといい、短く切り揃えた真っ直ぐな黒い髪といい、端の僅かに切れ上がった目といい、「かっこいい王子様」に相応しく見えた。  栗色の髪も長くて柔らかにクルクルした、皆から女の子と思われている自分よりハルくんの方がバレエを習えば王子様になれるし、リカちゃんも好きになるだろうな。  そう思うと、胸の奥に空いた暗い穴がまた微かに渦を巻き始める。 「女の子はバレリーナだけど、男の子はバレリーノって言うんだって」  習う前から「バレリーナ」という言葉はちょくちょく耳にしたが、教室に通っていても「バレリーノ」という言葉はまず聞かないし、目にする数も少ない。 「バレエダンサー」だとどちらにも使えるようだが、それでも圧倒的に習うのは女の子が多く、また、踊る役も男の子と女の子とでは厳しく分けられているのだ。 「ぼくもミオちゃんとバレエやりたいな」  ハルくんは俯くと半ば諦めた風に呟いた。  夏の午後の陽射しが射し込む居間で、顔を影にした母親たちは黙って子供たちを見詰めている。
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