第六章:雛人形は誰のため――陽希五歳の視点

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「いただきます」  美生子も雛あられは好きらしく、大きな目を細めて摘まみ始めた。 「甘酒あったかくておいしい」  水色のコップを取り上げて上機嫌で口を着ける。  ミオちゃんは本当に青や水色が好きだ。  雛壇の脇に置かれた真新しいランドセルも群青色だ(誕生日は二日しか違わないし、背丈も自分の方が大きいけれど、ミオちゃんはいつも一年早く自分より新しい場所に行ってしまう)。  もしかしたら、お雛様が好きでないのは青ではなく赤が目立つ飾りだからかもしれない。  でも、「お嫁に行きたくない」ともミオちゃんは言った。  小鉢の雛あられから卵色の一粒を摘まんで口に含む。カリリと半ば空洞の粒を噛むと甘い米の味が広がった。 「ゲホゲホ」  噛み砕いた雛あられの欠片が気管に入ったらしく、軽く咳き込む。  手前の黄色いカップを取り上げて人肌のように温かな甘酒で飲み下す。  この黄色いカップもしょっちゅう遊びに来る自分のために陽子おばさんがいつの間にか用意してくれたものだ。  今は結婚しない女の人も多いし、自分のママのように離婚してしまう女の人もいる。  ただ、自分が生まれる前に一人になったママより旦那さんと一緒にいて子供のためにお祝いの人形を飾る陽子おばさんや貴海おばさんの方がどう見ても普段から幸せに思えるのだ。 「大丈夫?」  隣から背中を優しく叩いてから擦る手があった。 「大丈夫だよ」  擦ってくれたのはおばさんではなくミオちゃんだった。 「ありがとう」  おばさんは笑顔でこちらを見守りつつ忘れられたように置かれていた木造りのオルゴールの螺子を回す。  緋毛氈の雛壇と赤い紐で繋げた吊るし雛で飾られ甘酒の匂いがほんのり漂う部屋に、雛祭りを祝う歌が息を吹き返したようにまた響き始めた。
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