第七章:君は優しいから――美生子八歳の視点

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「ありがとう、ミオ」  若草色のジャンパーを着た陽希は、しかし、まだ表情の消えた面持ちに圧し殺した声で続ける。 「おれは弱いから、うちのこととかバカにされてもいつも言い返せないんだ」  三月の午後の穏やかな陽射しを受けても、切れ長い瞳は(かげ)ったままだ。 「三年でクラス替えしてもまたいじめられるのかな」  いつも二人で帰る道の行く先を見据えて、陽希は肩を落として深い溜め息を吐いた。  固く黒い真っ直ぐな髪を日蔭から吹いた肌寒い風が音もなく揺らして通り過ぎる。  おれは水色のコートの腕を伸ばして若草色のジャンパーの肩を叩いた。 「ハルは弱いんじゃない。優しいんだよ」  だから、バレエ教室でも好きになる女の子が多いのだ。  自分はもう同じ幼稚園だったリカちゃんのことはバレエ教室で顔を合わせても友達としての好意を感じる段階に落ち着いた。  けれど、何となく気になる女の子が新たにバレエ教室で出来ても、その子たちの目線は体は同性である自分を素通りして正真正銘の男の子である陽希に向けられる。  これは学校でも同様で、好ましく感じる女の子が現れても、その子は「男の子みたいな女の子」である自分とは友達止まりで、好きになるのは「体も心も完全な男の子」だ。  これは一生変わることがないだろう。  そう思うと、ハーフアップに結った頭の上の方にピッと引っ張られるような痛みが走り抜ける。  自分は自分を男としか思えないけれど、体は女に生まれついているし、周りからも女として扱われている。  というより、こんな風に髪を長くしてバレエを習っている女の子が実は心は男で好きになるのも女の子なんて誰も思わないだろう。  それに、もし「女の子が好きだ」なんて知れたら、気持ち悪がられるだけだ。  テレビでも同性を好きになる人は変態扱いで笑い者にされる場面ばっかりだし。  自分も恋愛として好きになった女の子たちに会いたい一方で、どこかで心から本当の女の子になりたいから、どんなに頑張っても王子様は踊れないらしいと分かってからも髪を伸ばしてバレエ教室に通っているところもあるし。  心が男でいても、それが自分を幸せにしないことはもうすぐ小四の自分には分かっている。
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