第二章:七夕の二人――清海《きよみ》の視点

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 あれも二年前の七夕の晩だった。 “今日も遅くなる。先に寝てて”  本来なら夫の会社の終業時刻にその日も同じ文面のメールを受け取った。  一人分の冷凍パスタ(その頃には平日の夕食と言えば一人分のレトルト食品を食べるか、チョコレートでお茶を濁すかという感じだった)を食べ終えた私は、意を決して寝室の夫のパソコンを起動させていた。  毎晩遅く帰ってきて翌朝こちらに洗濯させるワイシャツにあからさまな口紅の跡などは無くてもうっすらと女性向けの化粧品やデオドラントスプレーの匂いがするようになった。  そして、とうとうその前の晩には、ダブルベッドで既に寝入っていた自分の横に寝転がった夫の髪からはうちのものでないシャンプーの香りがした。  暗い寝室の中で軽くぶつかられたために目を覚ましてしまった私ははっきりとその匂いを嗅いだのだ。 「ああ、ごめん」  夫はほろ酔い加減と分かる口調で告げると、謝罪よりは苛立ちを滲ませた声で続けた。 「起こしちゃったな」  それからは夏の夜の暗闇の中で二人とも黙っていたが、こちらはひたすら震えて眠るどころではなかった。
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