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「ターシャさんって今すぐモデルや女優になれそうだよね!」
まだ春に温まり切らない午後の風に吹かれながら、美生子は円らな瞳を輝かせて語った。
「英語やってるけどロシア語の方が習いたいな」
解いたばかりの髪がふわふわと揺れる。
「そうだね」
これからしばらくはレッスンの帰りにターシャさんの話を聞かされることになりそうだ。
ちょっと前はリカちゃんについてこんな風にウキウキした調子で話していたから。
「サーシャも王子様みたいで凄いと思うけど」
他の男の子の話をするのは嫌だが、何となくそちらに目を向かせたくて切り出す。
「ああ、弟の子もイケメンだし、踊り凄いよね」
“弟の子”
自分が貶された訳でもないのに何故か胸に突き刺さった。
次の瞬間、醒めた苛立ちが腹の底に起きる。サーシャの方がお姉さんより外見も素質も上なくらいなのに、何をおまけのように言っているのか。
そもそもサーシャの方が自分たちより年も一つ上だ。その意味では“お兄ちゃん”と呼んでも良いくらいだ。
そこまで考えたところで、目の前の美生子にふと諦めたような寂しい笑いが過った。
「おれもあのサーシャみたいだったら王子にでも牧神にでもなれるのに」
また自分を「おれ」と言う。
舌打ちしそうになる寸前でぐっと堪えた。
普段は「私」と皆の前では話すミオが二人でいる時には「おれ」と使う。それは自分に対して特別に心を許しているからなのだ。
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