第九章:女形の涙――美生子九歳の視点

5/6

15人が本棚に入れています
本棚に追加
/319ページ
「レスリー・チャンも死んだな」  お父さんがぽつりと呟いた。 「あの主役の人はレスリー・チャンていうの?」  名前も何だか中性的だと感じる一方で、まだそんなに古い映画でもなさそうなのにあの魅惑的な主人公はもう世に亡いのだという現実が新たに胸に刺さる。 「美人薄命」という言葉がさっと頭を過った。あの俳優さんは男だけど「美しい人」には違いないから正にこの形容に相応しい。  こちらを振り向いたお母さんも寂しく笑って頷いた。 「そう。香港の有名な俳優さんだったけどジサツしちゃった」  ジサツ、という響きが一瞬、間を置いて「自殺」に変換される。  刀を首に当てる艶やかな化粧を施した主人公の思い詰めた眼差しが浮かんだ。  実際の俳優さんは映画と同じ死に方ではないかもしれないけれど、それでも自ら死を選んだのだ。
/319ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加