第九章:女形の涙――美生子九歳の視点

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「あれ、実際もホモだったんだよね」  お父さんは苦いものを含んだ笑いを浮かべている。 「ホモって言っちゃいけないんだよ」  自分でも驚くほど刺々しい声が出た。 「それ、差別用語だから」  お父さんお母さんには言えないけど、自分も体は女なのに男としか思えないし、好きになるのも女の子だ。  普通の人からは「オナベ」とか「レズ」とか差別用語で呼ばれる側の人間なんだ。  頭の上に思い出したように突っ張る痛みを覚えてハーフアップの髪を解く。  パサリと顔の脇に伸ばした髪が垂れた。  本当は邪魔っけだけど、バレエを習ってるし、何より「女の子」としてこの髪を切る訳にはいかない。  あんなに綺麗で有名スターだった人ですら結局は自殺して、死んだ後も「あれはホモだった」と嗤われるんだ。  自分みたいな平凡な人間なんか「オナベ」「レズ」と周りに知られたらもっと悲惨なことになるんだろう。  目の前がじわりと熱く滲んだ。 「ミオちゃんもココアでも飲もうか?」  甘いコーヒーの残り香が漂う中、母親は優しく「娘」の背を擦る。
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