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第十章:欠けたもの、得たもの――陽希十歳の視点
「ママ、おっせえなあ」
隣の座席で十一歳になったばかりの雅希君が真新しいエメラルドグリーンの半袖を着た上体を起こして伸び上がると、またクタリとシートに凭れる。
その反動で停車しているミニバン全体が微かに揺れた。
「俺には早くしろ、早くしろいっつもうっせえくせに」
この一つ上で小五になる再従兄弟は決して意地悪ではないが、不平でも不満でも感じたことをすぐ表に出すのだ。
「女子トイレは混んでるんじゃないかな」
お下がりで貰った黄緑の半袖を纏う自分は宥めるつもりで言葉を掛けつつ、バックミラーで隣の母親を確かめる。
お母さんは窓ガラスの外の五月の青葉に見入っているようだ。
そこに一抹の安心を覚えつつ、油断は出来ない。
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