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「雅希だって赤ちゃんの頃はそうだったんだよ」
不意に運転席から伯父さんの声がした。
バックミラーの顔は優しく微笑んでいる。
伯父さん、今までずっと俺らのこと見てた?
思わずギクリとしてから、いや別に自分は悪いことはしていないという開き直りといちいち親戚の目にビクビクしている自分への微かな苛立ちが入り雑じって押し寄せる。
伯父さんは怖い人ではないのに。
「皆、最初は赤ちゃんなんだから」
伯父さんは飽くまで穏やかに語った。
雅希君にも詩乃ちゃんにも最初からこのお父さんがいるのだ。
――ガラガラ。
突如、ミニバンの扉の開く音と共に座席全体が微かに震動して、さっと青葉とアスファルトの匂いを含んで仄かに蒸した空気が流れ込んでくる。
「私が抱っこしてるから」
車から降りた母親は伯母から真新しいピンクのベビー服を着た赤ちゃんを受け取った。
「ありがとう」
貴海伯母さんは詩乃ちゃんが生まれてからいっそうふくよかになった笑顔で頷くと、ミニバンに乗り込んでチャイルドシートを取り付け始める。
「詩乃ちゃんのお席もすぐ出来るよ」
母親は近頃また肉の落ちた頬に笑いを浮かべて赤ちゃんに話し掛けている。
普段は自分に決して向けることのない温かな笑顔と柔らかな声だ。
何だか俺より詩乃ちゃんの方がお母さんにとっても大切で可愛いみたい。
ミニバンの座席に腰掛けて初夏の微かに汗ばむ空気に浸されたまま、自分の体が透明になっていくような、むしろ、そのまま消えてしまいたいような気持ちに襲われる。
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