第十一章:小さくても女――美生子十一歳の視点

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「外国語を勉強して外国に行きたいです」  本当は誰も自分を知らない土地に行きたいのだけれど、こう言っておけば角の立たない「良い子」でいられる。 「外国?」  相手はまるでそれ自体が耳慣れない外国語であるかのように鸚鵡(おうむ)返しする。 「この子、レスリー・チャンが気に入って最近、その映画や本ばっかり観てるんですよ」  お母さんの呆れたような、どこか安心したような笑顔が微かに胸に刺さった。  これは、きっと、自分が会ったことのない芸能人でも一応は男性を恋愛として好きになったと思っているからだ。 「あれ、ホモで自殺した人だろ」  ゲラゲラで目の前の脂じみた顔が嗤う。  周りの大人たちにも堪えた風な苦笑が広がった。 ――“ホモ”って差別用語だから使っちゃいけないんですよ。  このおじさんにそう説いても小馬鹿にして流すのがオチに思えて言い出す気になれない。  というより、もし俺が女の子を好きで自分を男としか思えない子供と知ったらこの人は床でも叩いて笑い転げるんだろうな。  そして、周りもやっぱり薄ら笑いして咎めもしない。
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