第十一章:小さくても女――美生子十一歳の視点

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*****  いつもの自分の部屋と違う板張りの天井。  豆電球でうっすら暗いオレンジに照らし出された畳張りの床。  うちとは異なるレモンじみた洗剤の匂いのするタオルケット。  カーテンを閉めた窓の外からはザワザワと木々の枝葉の揺れる音がする。  疲れているはずなのに寝付けない。  ふと傍らの空の布団を見やる。  この家に泊まりに来た時はこの一階の和室でお祖父ちゃんお祖母ちゃんと川の字になって寝るのが常だった。  今夜は二枚の床で部屋全体が妙にガランとして見える上に一緒に眠るはずのお祖母ちゃんもあれこれ後片付けに追われていてまだ来ない。  ザワザワと風が木々を騒がせる音に妙に胸がどきついて思わず布団から出てカーテンを捲った。 ……おや?  声には出さないが驚いて目を見張った。  この家は山に面して建てられているので、窓の外は夜には暗い森そのものの眺めになる。  だが、今夜は窓のすぐ傍にまるで薄灯りのように一株の山百合が黄緑色の蕾を一つ間に置く形で二輪の白い花を咲かせている。  同じ株に咲いた、大きさも白い花びらのめくれてカールした形もそっくりな二輪の花は、しかし、互いにそっぽを向くように反対の方角に向けて開いていた。  どちらの花も中央に一本の雌蕊が長く突き出ていて朱色の花粉を見るからにたっぷり付けた六本の雄蕊が取り巻いている。  山百合は一輪で男女両性を具有しているというか、一輪の中で生殖が完結していて他の花を必要としないのだ。  あの真ん中のまだ閉じた紙風船じみた蕾も中では雄蕊と雌蕊が育っていてこれから同じようにふたなりの花が開くのだろう。  ふとスポーツブラをしていない乳房が水色のコットンのパジャマに擦れて乳首がまた痛んだ。  自分の体は何故「女」という性別に相応しい形に変わっていくのだろう。 「男」としか思えないのに「女」に分類される体に生まれ、そのカテゴリに似つかわしい姿に変容していく。  俺にはこの生まれつきの体こそ全く自然に思えないのだ。  古い家の畳と木の板張りの匂いが思い出したように鼻先を通り過ぎるのを感じながら、今度は胸の奥に暗い穴がまた渦を巻くのを覚える。痛みを滲ませながら。
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