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「あら、まだ寝てなかったの?」
「ああ」
暗がりの中で思わずビクリとしてお祖母ちゃんを振り返った。
お風呂から上がって髪を乾かしたばかりらしい相手がやっぱり以前より一回り小さく見えることにまた微かな痛ましさを覚える。
「そこの窓の外に咲いている山百合が綺麗だなと思って」
お祖母ちゃんにはこれがいつもの風景なんだろうな。
「本当ね、気付かなかった」
予想に反して相手は目を丸くした。
お風呂で使うミルクじみた石鹸の香りと共に近付いてきたパジャマ姿のお祖母ちゃんは落とした声で付け加える。
「最近、この部屋はカーテンも閉じっ放しだったから」
夜風に揺れる二輪の花と黄緑の蕾を見詰めて一回り小さく萎びたお祖母ちゃんの顔に寂しい笑いが浮かんだ。
「お祖父ちゃんも山百合が好きだったの。朝一緒に散歩していても、“そこに山百合が咲いてるね、見えないけど匂いで判る”と」
お祖父ちゃんは死の二、三年前には目が不自由になっていたが、お祖母ちゃんが手を引く形で毎朝の散歩を続けていたのだ。
「近くに咲いたのはやっぱり触って確かめた。"これは咲きかけ、これは綺麗に咲いてる、これはまだ蕾、こっちはもう散った"って」
孫の自分が会いに行った時も顔や肩を撫でて確かめたものだった。
――ミオちゃん、また大きくなったねえ。
ふと水色のパジャマの肩に萎びてシワシワになった、しかし、温かな手が優しいミルクに似た石鹸の香りと共に置かれた。
「もう遅いから寝ましょうね」
厚地のカーテンを元通り閉じた、暗いオレンジの豆電球の灯りだけが点いた中ではお祖母ちゃんの顔は良く見えない。
だが、その声には少し涙が滲んでいた。
お祖母ちゃんはお祖父ちゃんが居なくなって寂しいんだ。
だから、余計に老け込んで小さくなってしまったんだ。
布団に寝転がってレモンじみた匂いのするタオルケットを被りながらそんな相手が痛ましくなる一方で、自分には将来そんなパートナーが持てるだろうかと再び底の見えない暗い穴が瞼の裏に広がっていく。
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