第十二章:赤ちゃんの産める体――陽希十二歳の視点

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「ミオ、まだ具合悪いの?」  俺はまた余計なことを口にしているのではないかと新たな不安を覚えつつ問わずにいられない。  自分は生理になったことはないが、体から血が出るのだから人によっては貧血を起こしたりするのかもしれないし、「生理痛」という言葉があるくらいだからミオも今、体のどこかが痛いのかもしれない。 「大丈夫だよ」  相手は青ざめた顔のまま、何だか乾いた、突き放すような笑いを浮かべて答える。 「そう」  ミオは俺を何も知らないガキと思っているのだろうか。  所詮は生理には一生ならない男だし、こいつより二日遅く産まれただけでまだ小学生だから。  そう受け取ると、少しムッとした。  リベンジしたい気持ちで、頭の中に得ている教科書的な表現を動員して出来るだけ何でもない風に告げてみる。 「別に病気じゃないし、赤ちゃんの産める体になった印なんだよね」  語り終えた次の瞬間、隣を歩く美生子の栗色の髪がまるで逆立つように激しく横に揺れた。  一足後れて椿(つばき)じみた、どこかきつい感じに甘い香りがふわりとこちらまで届く。  これはミオの髪の匂いだ。胸の奥がざわめくのを感じた。 「俺は赤ちゃんの産める体になんかなりたくない!」  紙のように白くなっていた美生子の顔が一気に常の薄桃色よりもっと濃い(あか)に染まってグシャグシャになる。 「絶対に嫌だ!」  言うが早いか、海色のTシャツの背を見せて走り出す。  駆けていくジーンズの尻が前よりきつそうでやはり「女」らしい体になったと感じてこんな状況ですら胸がどきついた。  立ち止まって眺める内にもハーフアップの揺れる栗色の髪も海色のTシャツも藤色のリュックサックも小さく遠ざかっていく。
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